【小説】ねこミミ☆ガンダム 3英代は、足元に倒れる2体のマシンドールを見た。 「あー、びっくりした……」 1体は片腕と両足を失い、もう1体は頭を失って倒れている。 突如、おそいかかってきた敵のマシンドールは、英代のマシンドールが頭から発した光線で、一瞬のうちに破壊されていた。 「勝手に反撃したんだ。あなたがやったの?」 英代はマシンドールに呼びかけた。 モニターに図が表された。敵の攻撃に対して、自動で反撃したことが示された。 頭部の内蔵兵器から発した超高温の熱線が、敵の頑丈な装甲を紙のように焼き裂いたのだ。 「これ、強すぎるわ……。うっかり、人にあたりでもしたら死なせてしまう。この武器は、もう使わないようにしましょう。わかった?」 モニターに「了解」の文字。 「賢いわね。そういえば、あなたのこと何て呼べばいいのかな。名前はあるの?」 モニターには「NK―02」と表示された。 「エヌケー? なんか、呼びにくいわねぇ。そうだ。新しい名前をつけてあげる。えーと……」 英代は、しばし考えるといった。 「思い付かないから〈シロネコ〉にしましょう。どう?」 モニターには「シロネコ」とカタカナが表示された。 「よし。シロネコ、もうちょっとだけつきあってもらうね。みんなを助けてあげないと。由利亜さんも」 英代はマシンドール〈シロネコ〉を正門に向かわせた。 ネコミミ女王を乗せた車は、城の地下へ通じる道を入っていった。 天井には細長いライトが等間隔に並ぶ。せまい道を猛スピードで走った。突き当たりの大型エレベーターに乗り込むと、地下深くへと下りていった。 地下の隠し格納庫は、先が見えないほど、巨大な空間になっていた。 真っ暗な奥から、移動式のハンガーに乗せられて、マシンドールが現れた。 夜のように濃いむらさき色をした機体。 女王と家臣は見上げた。 「特別専用機――ニャオングでございます」家臣はいった。 「起動の準備はできているな」女王はいった。 「もちろんです」 家臣は不安げな顔を見せた。「ニャオングは、特別機とはいえ、NK―02と比べれば旧型です。くれぐれも、お気をつけください……」 女王は口の端をゆるめた。「ニャオングがあれば、素人の乗るマシンドールなど敵ではない」 ニャオングの後ろから、別のハンガーに乗せられた、巨大な棍棒のような武器が現れた。 「ジョルトハンマーです」家臣はいった。「特別機は、どれも強力な対ビームコーティングがなされているため、近接用の打撃武器を用意させました」 「いいだろう」 女王は、ハンガーの横にあるエレベーターに飛び乗った。ニャオングの胸まで昇る。 胸部の装甲が前に開いた。コックピットシートがせり出した。 女王は、なれた身のこなしで、ひらりとシートに乗り込んだ。 家臣は見上げながらいった。 「なにとぞ、お気をつけください。女王さまになにかあれば、われわれは……」 シートに座る女王は、手早くコンソールを操作しながらいった。 「この私が、マシンドール戦で素人に負けることなど、万が一にもない」 女王の乗ったシートがマシンドールの胸に収まった。 コックピットのなかは、暗いモニターに囲まれていた。一瞬、モニターがまばゆく光ると、格納庫のようすが、そこにいるかのように映し出された。 モニターに映る家臣がいった。 「ご武運を……!!」 「ニャオング、出せっ!!」 女王のマシンドールが、ゴンゴンと低い音をならしながら、ハンガーごと上がっていった。 女王は、モニターをにらみながらつぶやいた。 「ネコミミ族の繁栄を脅かすものは、たとえ子ネズミでも容赦はしないっ……!!」 英代の乗ったマシンドール〈シロネコ〉は正門にやってきた。 英代と由利亜が車で押し破った正門は壊れたままだ。しかし、銃撃戦は、すでに終わっているようだった。 「みんな無事に逃げられたのかな……」 不意に、コンソールにあるレーダーに青色のマークが表示された。 「仲間?」 英代は思った。敵から奪ったマシンドールが味方と表示するもの。それが味方であるわけがない。 「敵……!」 城の方向から、黒っぽいマシンドールが、巨大なこん棒のような武器を肩に抱えて現れた。 マシンドール〈ニャオング〉は、どっしりとした足取りで、シロネコに近づいた。 低い女の声が響いた。 「貴様、山本英代だな」 「聞いたことある声……。あなた、女王ね?」 ニャオングは、ひとつ目をぐるりと向けた。 「貴様のせいで、侵入したテロリストどもを逃がしてしまったよ。こんなことなら、はじめから『皆殺しにしろ』とでも、命じるべきだったかな」 「皆殺し!? ひどい……! それに、私たちはテロリストじゃない!!」 「城に押し入り、あまつさえ開発中のマシンドールを奪う。これがテロリストでなければ何なのだ……」 「盗んでいったのはあなたでしょう! 均を無理矢理つれていって!!」 一瞬、間を開けて女王はこたえた。 「……無理矢理ではない。あれは合意のうえでのことだ」 「どうしてウソつくのよ!」 英代は、朝の出来事を思い出した。どう考えても嘘だ。 英代の抗議に、やや引いたような女王の声はいった。 「ウソではない! お前は知らんだろうが、あれからふたりで話し合って『まぁ、いいかなぁ~』という、ちょっといい雰囲気になったのだ!!」 「そんなわけ……」 英代の言葉をさえぎって女王はつづけた。 「そんなことより、貴様らの要求は何だ!? 何の要求があって城に侵入した!!」 「え、要求? 均はもういいし……。あ! 由利亜さんを自由にしなさい! 由利亜さんは、なにも悪いことしてないのに、牢屋に入れられたといっていたわ!!」 「テロの首謀者を簡単に逃がすわけにはいかんな」 「それなら、由利亜さんや均にひどいことをしたって、マスコミに公表します!!」 「マスコミは完全にコントロールしている。ムダなことだ。――しかし、お前の出方によっては、まったくいうことをきいてやらんこともない」 「……?」 女王のニャオングは、肩に抱えていた巨大なこん棒を、地面に突き立てた。 「お前は原住民にしては話ができる。どうだ。マシンドールから降りて、話し合いで双方の妥協点を見いだすつもりはあるか?」 「話し合い? そうね……。私だって、こんな物騒なもので、あなたと戦うつもりなんてなかったし。いいわ。話し合いましょう!」 女王のニャオングは、武器から手放して両腕を広げた。英代も、それにならい、シロネコの両腕を広げさせた。 ニャオングの胸の装甲が開き、なかからコックピットのシートがせり出した。 シートに乗っているのは、朝に見た、ふりふりのドレスを着たネコミミ女王。刃物のように切れ長の眼が、眼鏡の奥から英代を鋭く見すえた。 英代もシロネコの装甲を開いた。英代が乗ったシートが動いて、高さ10メートルほどの空中に突き出した。 午後の強い風が、スカートと髪を巻き上げる。 ふたりは対峙した。 女王がいった。 「では、互いの安全を確保するため、一緒に10からカウントする。ゼロになると同時に、マシンドールから飛びおりる。降り方はわかるな?」 英代はシロネコに問いかけた。マシンドールには、緊急時などに素早く降りるためのワイヤーがあることがわかった。 「このワイヤーに足をかけて降りるのね。わかったわ」 「マシンドールから降りたら、双方の妥協点を見いだすため、武力によらない、平和的な話し合いをする。いいな?」 「もちろんよ。女王、あなた思いのほか冷静な人でよかったわ」 「交渉の席には、おいしい紅茶を用意させよう」 女王は、厳しい表情をわずかにゆるめた。 「楽しみにしているわ」 英代は安堵した。 「では、カウントするぞ!」 「OK!」 『10!』英代と女王の声がそろった。 『9、8、7!』 カウントが進む。 『5!』 『4!』 『3!』 英代は降りやすいよう、シートから腰を半分浮かせた。降下用のワイヤーを手に持ち、その先端に足をかける。 『1!』 肌がピリピリと震える。 『ゼロ!!』 沈黙があたりを包んだ。 ふたりは動かなかった。 シートから腰を浮かせ、片足を外に出した英代。 一方の女王は、シートに腰をすえたまま微動だにしていなかった。 ふたりは、しばし無言で見つめ合った。 沈黙を破ったのは女王だった。 「……なぜ、降りない?」 暑くもないのに額に汗がにじんだ。英代はこたえた。 「それは、こっちのセリフよ……」 女王は、英代を見すえていった。 「まずは、私の質問に答えてもらおうか」 「わ、私は降りようとしたわ! ほら! こうして片足を出して、今にも出ようとしている!!」 英代は、ワイヤーにかけた片足を、外に向かってブラブラさせた。腰がつっぱる。「あなたこそ! 少しも動いてないじゃない!!」 「私は、ゼロになった瞬間に動くつもりだった。それなのに、お前を見たら、カウント2あたりからフラフラと、いかにも『これから降りますよぉ~』といったふうに動いてはいたが、それがあまりにも演技くさかった。到底、本気には見えなかったのだ……!」 英代の全身の汗が冷えていった。 「それは、あなたがそう思っただけでしょう……?」 「思っただけ? いいや、ちがうな。 お前の、その中腰で、片足だけ外に出した、ふざけたような姿勢では、かえってマシンドールから降りるのに手間取るものだ。もとより、貴様は、一緒に降りるつもりがなかった――と、そのように思われても仕方あるまいっ!! 」 英代は反論した。 「ちがうっ! この姿勢は、あなたが一緒に降りるとき、タイミングを取りやすいようにっていう気づかいよ! それに私は素人なんだから、マシンドールからのスムーズな降り方なんてわかるわけがない!!」 「信用できんな。貴様のいうことは……」 「そんなの……」 英代は、追い詰められたネズミのようだった。冷たい汗は、もう気にもならない。ただ、全身の筋肉がこわばっていくことから逃れたかった。 が、そのとき不意に、ひらめくものがあった。 「い、いや、そうよ! 女王! この状況を、私とあなた以外の第3者には、どう見えると思う? シートで腰を浮かす私と、どっしり座るあなた! どう見たって、あなたの方が降りるつもりがなさそうじゃない!!」 「んん!?」 女王は、はじめて目を丸くした。早口になって言い返してきた。 「そんな、突然、いもしない第3者を出すな! それに、マシンドールの素人の意見なんぞあてになるものか! たとえ、そう思われたとしても、それは、あくまでも第3者の主観であって、当事者がどう考えているかなど、他人にわかるものではない!!」 そのとき、英代は、答えの尻尾をつかんだ気がした。 「そ、それよっ!!」 「な、なんだっ!?」 「私の考えは、私にしかわからない。なら、何であなたは、さっき『私には降りるつもりがない』と思ったの!?」 「ふがっ!?」 女王の鼻が鳴った。「だ、だから、いったろう! お前の動きが不自然だったからだ! なにかある、としか思えんじゃないか!!」 「なにかある? なにもないわ。――わからないはずの私の考えを、どうして、あなたがわかったつもりになったか? それをきいているのよ」 「……」 女王は押し黙った。 英代はつづけた。 「わかるはずのないものを、わかったといったのなら、それは、あなたの間違いのはず――」 女王は深く息を吐き出した。ゆっくりと口を開いた。 「お前には理解できんかもしれんが、ネコミミ族の王族には、ごくまれに、未来を予見することができる『ニャー・タイプ』と呼ばれる、革新的な能力をもつ個体が生まれることがある。あるいは、私にも、その能力があったのかもしれんな……」 やや間があいた。 「ニャー・タイプぅ……? そんなものを信じろと……?」 「信じられないのも無理はない。だが、『ニャー・タイプ』の存在は事実だからな」 「……まぁ、それは置いておきましょう。ニャー・タイプだかニャン・タイプだか知らないけど、そんなこといったら何でもありになるし。 ――ともかく、私がコックピットを降りるつもりがないと、あなたが思ったのは、あなた自身が、本気で降りるつもりがなかったからよ!!」 「でたらめだっ! 宇宙を統べるネコミミ族の王に向かって、貴様っ……!!」 「私の思いは、私にしか見えないはず。なら、あなたが見たものは、あなたの思いしかない」 離れていても、女王の顔が上気し、体が小刻みに震えているのがわかった。 「……そうだとしても、お前に責められることではない! お前とて、実際には、機体から降りてないではないか!!」 「たしかに、私は降りてない。だから、もう一度、一緒に降りましょう」 「なにっ!?」 「じゃあ、数えるわ! 10!!」 「ま、待てっ! お前は信用できん!」 「あなたは信用するしかないのよ。わからないなら、信じるしかない!」 「何だと! それなら、貴様も『ニャー・タイプ』を信じろ!!」 「そんなもの信じられるか! っていうか、そこまでいうなら、あなたが証明しなさいっ!!」 「おのれっ! さっきから詭弁をろうして! お前さえいなければ、すべてはうまくいくのだっ! ポチだって……!!」 「ポチ?」 そのとき、英代は気がついた。 城壁の外から、高い木にしがみついて、こちらを見ている人がいる。不安そうな見なれた顔。 「均!? 何でこんなところにいるのよっ!?」 「ポチ!? いつの間に城から出たのだっ!?」 突然、注目された均は、ひきつった顔でいった。 「し、心配になって……」 「貴様かっ! ポチをたぶらかして!!」 女王は噛みつかんばかりにいった。 「無理矢理つれていったのは、あなたでしょう!!」 英代は言い返す。 女王は均に向き直ると、別人のようなやさしげな声色でいった。 「ポチ……! そんなところにいたらあぶないわ。いい子だから城にお帰りなさい……!」 木にしがみついた均は、震える声でいった。 「俺のことなんかどうでもいいから、ふたりとも、そんなあぶないものから降りて、冷静になってくれよ……」 「均は家に帰りたのよね?」英代がきいた。 「うん」 「ほら、見なさい」 「ほあああああぁぁぁぁぁィッッ!?」 流れるようなやり取りに、女王は声をあげた。 「ウ、ウソよね……? ポチ! 城にいれば、欲しいものは何でも手に入るのよ! ネットだって……やり放題なのよ……?」 「いや、そんなネットばかりやりたくないし……」 女王は、怒り狂う獣のような形相で英代をにらみつけた。 「おおおのれぇッ……! 英代ッ! ポチをたぶらかしておって!!」 女王は、すぐに均に向き直ると叫んだ。 「ポチッ!! ハウスッ!!」 「いぃッ!?」おどろく均。 「ハアアアアアアアアアアウウウウウゥゥゥスッッッ!!」 「う……! うあぁっ!!」 女王の絶叫に気圧された均は、体勢を崩して、木の上からずり落ちていった。音が聞こえるほど地面に尻餅をついた。 「均!? 大丈夫!?」英代はいった。 ヨロヨロと尻を押さえて立ち上がる均。 「だ、大丈夫……」 英代は女王にいった。 「急に大きな声を出さないでよ! やっぱり、おかしいわ、この人……! 均はあぶないから、下がっていて!!」 「す、すまん、英代……!」 均はよろけながら、城からはなれていった。 「よくも私のポチをっ……!!」 にらんでくる女王に、英代は言い返した。 「だれがあなたのよ! そもそも、どうして均になんかこだわるわけ? 女王なんだから、結婚相手なら、他にいくらでもいるでしょう!?」 「私は、ちょっとナヨっとしてて、強くいえば何でもいうことをきいてくれるような、そんな男が好きなのだっ!!」 「知るか! 均は、まだ中学生なのよ!? 結婚なんて、できるわけないじゃない!!」 「法律の問題か? ふん。そんなもの、今はメール1通で変えられる」 「そういう強引なやり方に、由利亜さんたちは抗議していたのよ! それに、あなただって、見たところ私とたいして歳は変わらなそうじゃない! 結婚なんて、はやすぎるわ!」 「ネコミミ族の15歳は立派なレディーだ。地球でもっとも生育の悪い、お前たち民族いわれることではない!」 「ぐっぬぬ……!! 」 英代は、アイデンティティーがひざから崩れそうになるのをこらえた。 「均だって、その生育の悪い民族なのよ! 何でよ! おかしいでしょっ!!」 「そんなことは対策済みだ。ホルモン剤とプロテインの大量投与で、今から、私好みの体格に改造するつもりだからな!!」 「プロテイン!? ひ、ひどすぎるっ……!!」 「さっきから、人のセンシティブなことに口をはさみおって! 貴様こそ、将来や結婚について、どう考えているのだ!?」 「私!? 私は……」 英代は思わず、未来の自分を想像していた。 ほわほわとしたあたたかいイメージのなか、若くして結婚した英代は、小さな子どもたちに囲まれ、しあわせそうにほほえんでいた。 「そうねぇ。案外、はやく結婚して、若いお母さんになってるかもねぇ。えっへへ……」 「そういう夢みたいなことばかりいって、なにもしないやつほど、いき遅れるのだ……!!」 「ふんがッ……!!」英代の鼻が鳴った。「あ、あんたねぇっ……! この地球(ほし)には、いっていいことと、悪いことがあるっ!!」 「そんなことだから、貴様らは進歩せんのだ! やはり、貴様らに大義はない! 劣った地球人は、進歩したネコミミ族に支配されなくてはならん!!」 「あなたたちは横暴だ! あと失礼っ!!」 「お前さえいなければ、すべてうまくいくっ!!」 女王のコックピットシートが、ニャオングの胸に収まっていった。分厚い装甲が、英代を拒否するように閉じた。ニャオングのひとつ目が、不気味な赤色に光る。 「話し合うんじゃないの!?」 英代は、胸から突き出していたシートをあわてて戻した。 ニャオングが、地面に突き刺していた巨大なこん棒を取り上げた。高くかかげると、シロネコに向かって勢いよく振りおろした。 台風の風ような音をあげながら、鋼鉄のこん棒が迫った。 英代はシロネコの腕を交差させてこん棒を防いだ。強い衝撃がコックピットを揺らした。 シロネコは両腕を弾かれた。大きくのけ反って後ずさった。 「……な、なにっ!?」 振動で、めまいを起こしそうだ。 すぐに、ニャオングの追撃がきた。 鋼鉄の塊がシロネコの胴体に直撃した。 激しい衝撃がコックピットをおそう。同時に、シロネコの巨体がわずかに浮かび上がった。すぐに、背中から大地に激突した。 「ううぅ……!」 英代はうめいた。全身を激しく揺らされ、頭までグラグラする。 ニャオングはこん棒をかまえた。倒れるシロネコを見下ろしながらいった。 「マシンドールの特別機には、強力な対ビームコーティングがなされている。そのため、ビーム兵器による攻撃は原則、効果がない。最新の技術によって造られたマシンドール同士の戦いが、原始的な打撃武器の打ち合いになるというのは皮肉なものだな」 「あ、あんたなんかに……」 「いつまで強がりをいってられるかな」 女王は、ジョルトハンマーの先端を、シロネコの胸に押し当てた。ハンマーを囲むようにはえたトゲのような突起が、高速で回転する。さらに、先端の突起が、土木工事用の機械のように前後に振動した。 激しい振動が、胸の装甲ごしに英代をおそった。 「ぐぅっ……!!」 コックピットが、ガクガクと激しく揺れた。シートから体が飛び出しそうになる。口を開けば舌を噛みそうだ。 女王は抑揚のない声でいった。 「ジョルトハンマーは、パイロットに直接ダメージを与えて行動不能にする。ここまでだな」 「ううわあああああぁぁぁぁぁーッ!!」英代はたまらず叫んだ。 コックピットは、まるでミキサーのなかのように振動した。反撃しようにも、まともに操縦できるものではない。 目の前がうす暗くなってきた。 もはや打つ手がない。 ――と、思ったとき、不意にシロネコの額から、二筋の光の線がまっすぐに伸びた。 光線は、ニャオングのハンマーを一瞬で両断した。さらに、ニャオングの胴体をとらえる。が、光は、ガラスに弾かれる水のように四散した。 「ちぃっ! 自動反撃か!!」 女王のニャオングは、壊れたハンマーを投げ捨てて飛び退いた。 英代は、ふらふらになりながら、シロネコを立ち上がらせた。 「た、たすかった……?」 ニャオングは、再びシロネコに走り寄った。 突き出した右拳が、シロネコの腹部に直撃した。 「武器がないなら、格闘戦でしとめるだけ!!」 「うわぁっ!!」 強い衝撃がコックピットをおそう。 ニャオングは、生きている格闘家のように打撃を放った。鋼鉄の拳が、シロネコの胴体を正確にとらえた。 一方、英代は防御もままならない。シロネコが倒れないようにするだけで精一杯だ。操縦技術の差は歴然だった。 「だ、だめだ! うまくあつかえない!!」 「マシンドールにはじめて乗ったような素人に、私が負ける道理はないっ!!」 ニャオングは、動きのにぶったシロネコの肩をつかんだ。突き上げるようなボディーブローを何度も放った。 「うわあああああぁぁぁぁぁッッ!!」英代は叫んだ。 こわれたジェットコースターに乗せられているようにコックピットが揺れる。 ニャオングが手をはなした。 シロネコは、よろめきながら後ずさった。 棒立ちになったシロネコに女王はいった。 「終わりだ! 貴様らの反乱ごっこは!!」 「か、勝てない……!?」 モニターに映るニャオングは、勝ち誇ったように仁王立ちしていた。 「練習する時間があったら……!」 そのとき、不意に、英代の座るシートが動き出した。背もたれが前にかたむき、座面が立ち上がる。 「え! なに!?」 変形して直立したシートに背を支えられる格好で、英代はコックピットのなかに立たされた。 「これって……。もう、おしまいってこと!?」 モニターには、立ち上がった人間の図が表れた。 「ちょっとシロネコ! どういうこと!? このままじゃ、由利亜さんも私も……。均だって……!!」 モニターに映る人の図は、手足が赤く光っていた。 英代は、あらためて自分の状態を見た。 コックピットで立ち上がりながら、両手はコントロールボールの上に、両足はフットペダルの上にそれぞれ乗っている。シートに固定されていたボールとペダルは、分離して動くようになっており、それに合わせて手足も自由に動いた。 「もしかして……」 英代が右手を上げると、シロネコの右手が上がった。 女王は、動きを止めたシロネコにいった。 「素人のわりには、よくやったとほめてやろう」 ニャオングが、両手を組んで高く上げた。シロネコの頭を狙って、一気に振り下ろす。 止まっていたシロネコが突然、動いた。 腕を跳ねあげてニャオングの両手を振り払う。と、そのまま抱きついた。 「なにっ!?」女王は目を見張った。 「やあああああぁぁぁぁぁッッ!!」 叫びながら、英代は、コックピットで宙にひざを突き立てた。 同時に、シロネコが、ニャオングの胸にひざ蹴りを繰り出していた。 金属の激しい衝突音。 ひざの先端が、胸の装甲をえぐった。 ニャオングは、大きくのけ反って、地面に片ひざをついた。 「おのれ!」 すぐに立ち上がると、シロネコに突進した。両腕を伸ばして掴みかかる。 英代がコックピットで姿勢を低くする。と、同じくシロネコも姿勢を低くした。英代が一歩を踏み出す。と、シロネコも足を踏み出した。 シロネコは、姿勢を低くして、ニャオングの伸ばされた腕をかわした。さらに、その腕をすばやく取って、一本背負いのように投げ飛ばした。 ニャオングの巨体が宙を泳いだ。すぐに背中から落ちて、大地を震わせた。 「ぐおっ!!」 コックピットにまで激しい衝撃が伝わる。女王は声をあげた。 英代はシロネコを一歩退かせるといった。 「退きなさい! 私の要求は、由利亜さんと均の自由! それさえ聞きいれてくれれば、乱暴なことはしない!!」 「この動き……!!」女王は、ニャオングの身をひねって立ち上がらせた。「次世代のモーション・リンク・システム! もう使えたのか!?」 英代にはこたえず、女王は声をあげた。 「ニャオング! キャット・コンバット・モード!!」 女王の座るシートの背もたれが前傾した。座面が立ち上がる。 女王は、シートに背中を支えられながら、コックピットで立ち上がった。 手足が自由に動くようになる。それに合わせてニャオングの手足が、人間そのもののように動いた。 ニャオングは、巨体に似つかわしくないすばやい動きで、シロネコに迫った。 「だからとて!!」 ボクサーのように鋭く突きを繰り出すニャオング。 「かわす!!」 シロネコは、その攻撃を、生きているような動きで避けていった。 顔前に迫る拳を取る。同時に、左足を低く蹴り出した。 軸足をはねられたニャオングは、空中で半回転した。ドウッと地面に倒れ込んだ。 シロネコは飛び退いた。 「あなたが自分の非を認めてくれれば、私もこの巨人から降りる! だから……!!」 「貴様なんかにっ……!!」 ニャオングは立ち上がった。大きく脚を開いて腕を広げる。 全身が震えた。 次の瞬間、筋肉のように盛り上がった全身の装甲が、いっせいに開いた。 装甲の下には無数の白い突起。ミサイルだ。 「消えろ! 私の前からっ!!」 激しい光と音ともに、体中のミサイルが全方向に打ち上がった。白い煙で、一気に視界がなくなる。 流れる線のように煙を引きながら、何百というミサイルが空に舞い上がった。 ミサイルは、上空で一斉に方向を変えた。地上のシロネコに向かって、豪雨のように降り注いだ。 シロネコは、すばやく後ろに飛び退いてミサイルの群れをかわしていった。 狙いを失ったミサイルは、地面に激突して巨大な爆発を起こす。爆風の渦が巻き上がった。 爆風でシロネコの巨体が持ち上がった。そこに、遅れてついてきたミサイルが迫った。 シロネコは、宙をすべるように飛びながら、体をひねってミサイルをかわした。ミサイルは、背後で大爆発を起こした。 さらに、遅れてついてきた1発が、ふらふらとうねりながら、着地したシロネコの眼前に迫った。 シロネコが右手をはね上げる。手の甲がミサイルの腹に当たった。 ミサイルは、爆発しないまま、頼りない軌道を描いて空を飛んだ。その先には、城外の住宅地が広がっていた。 「あ! 街がっ!!」英代は叫んだ。 不意に、シロネコの額から光の線が伸びた。ミサイルは、激しい爆煙と音に変わった。 「オーッ……! グッジョブ!!」 英代はシロネコを走らせた。 「街中で、なにしてくれんのよ!!」 シロネコは、獲物を見つけた肉食獣のようにニャオングに迫った。 左足を深く踏み込む。飛んだ。 宙をすべりながら体を一回転させる。高い蹴りを放った。 強い風の音。直後、金属の衝突音がひびいた。 シロネコの放った回し蹴りが、ニャオングの頭部を吹き飛ばしていた。 鉄屑のようになった頭が宙を舞う。 ニャオングのコックピットでは、突如、まわりをかこむモニターが暗くなっていた。次いで、映像がもどったとき、画質は以前より荒くなり、所々に黒い欠けがあった。 「あ? あっー!?」 やや間が空いてから、女王は、機体になにが起きたのか理解した。「メインセンサーがっ!? くっ……!! これでは……戦えん!!」 着地したシロネコは振り返るといった。 「まだやる気!?」 「ぬぅっ……! お前なんかに……! お前にっ……!!」 対峙する2体のマシンドール。その周囲が突然、暗くなった。 見上げれば、大陸のような巨大な船が空に浮かんでいる。 英代は、ふと女王の城を見た。天を突くような尖塔がなくなっている。城の上半分が分離して船になったのだ。 巨大船から声が響いた。 「女王さま! 御身が大事です! お退きください!!」 声はネコミミ家臣のものだった。 巨大船から、太いワイヤーロープが降りた。ニャオングの前に垂れ下がった。 「くそっ……!!」 ニャオングはロープをつかんだ。そのまま、船の腹に開いたハッチへ引き上げられていった。 女王は、眼下のシロネコにいった。 「今日のところは退いてやる! 今日のところは、だ!!」 英代はニャオングを見上げながらいった。 「あなたとの話は、まだついてないわ!!」 「どうせ、貴様とは、すぐにまた会うことになる!!」 女王は、よく響く声を発した。あたりの空気がビリビリ震えた。 「私の名はアンヌシャルル・ミケ・マミタース999世!! 覚える必要はないぞ!! 忘れられんようにしてやるのだからなっ!!」 巨大船は、街の上を悠然と飛んで、城からはなれていった。 女王は巨大船の艦橋に入った。すぐに家臣が出迎えた。 「お怪我はございませんか……」 案じる家臣の目をさけるように、女王は一段高いところにある席に向かった。背をぶつけるようにして腰をかける。 家臣はいった。 「本船は、この国をはなれ、東アジア最大の拠点が築かれつつある、中華人民共和国の北京を目指します」 女王はこたえる代わりに息を吐いた。 「……」 家臣は、憂い気に女王を見た。次いで、顔を上げると、艦橋のクルーに向かって声をあげた。 「高度上げ! 速度も上げろ!」 女王は、肘掛けに頬杖をつきながら、無表情にモニターを眺めていた。不意に、その目が見開いた。 ごちゃごちゃとした住宅街のなかで、そこだけ高いマンションの屋上に、人の姿があった。均だ。 女王は声をあげた。 「高度下げ! 速度も下げろ!!」 巨大船はゆっくりと高度を下げて、4階建てのマンションの屋上に近づいた。 女王は、マイクを手に取るといった。 「……ポチ!! 私は、もどってくるわ!! だから、それまで、私を待っていて……!!」 船の威容に圧倒される均だったが、覚悟を決めたようにいった。 「女王! 聞こえてるか!?」 「音声を拾いなさい!」女王はクルーに命じた。「 聞こえているわ! ポチ!!」 均はいった。 「俺さ、女王は乱暴なところもあるけど、すごい悪いやつには思えないんだ! みんな、もっと仲良くできないのかな!? 一緒にゲームとかしてさ!!」 「仲良く……」 「そうだよ! 英代だって、すごくいいやつなんだ!! だから……」 女王は厳とした口調でこたえた。 「できないわ。だって、あいつは。あいつは……」 巨大船は、ゆっくりとその場をはなれた。やがて、空のなかへと消えていった。 女王は立ったまま、モニターに映る、遠ざかる均を見ていた。 家臣は、女王にいった。 「あの少年、今なら捕獲できます」 「いい。今は……」 女王は席にもどった。 重そうに身を沈め、目を閉じる。 しばらくして目を開いて、王の目付きにもどるといった。 「高度上げ! 船を急がせろ!!」 艦橋に女王の声がひびいた。 城を出た英代は、住宅街の広い道路を選んでシロネコを歩かせた。 「シロネコを奪ったのはいいけど、どうしたもんかしら……」 とりあえず、学校の校庭に駐車(?)することにした。 前方に、4階建てのマンションがあった。屋上には均がいた。 均は、大きく手を振った。 「英代!! 無事だったか!?」 「均こそ!! 大丈夫だった!?」 英代は、シロネコをマンションの屋上に近づけた。胸の装甲を開き、シートを前に出す。 英代と均は、顔を見合わせた。ずいぶんと久しぶりに再会したような気分だった。 お互いの表情が、いつになく真剣だったため、ふたりはどちらともなくふき出した。 「どうして笑うんだよ!」 均は、笑いながら腹を抱えた。 「そっちこそ!」 英代も、急に安心したせいか笑いがとまらない。お腹まで痛くなりそうだ。 笑いすぎて乱れた呼吸を整えると、英代はいった。 「さ、帰りましょう!」 シロネコの手のひらを屋上に伸ばした。 「うえぇ……。また、これに乗るのか。揺れてこわいんだよな……」 腰が引けた均を、英代は励ましていった。 「大丈夫! もう操作にも馴れたから!」 均は屋上の柵を乗り越え、おずおずとシロネコの手に乗った。 英代は、シロネコを学校に向かって歩かせた。 「お! 全然ゆれないぞ!」均は明るい顔でいった。 「でしょう?」 学校が近づくにつれて、道路には多くの人たちが現れた。皆、珍しそうにシロネコを見上げている。 英代は気にしてもしかたない、と思い、車や人を避けながら慎重にシロネコを歩かせた。 学校に近づいた。 校庭には、学校中の教員や児童が出てきたのかというほど、多くの人たちの姿があった。クラスメートや友人の裕子もいる。 皆が皆、おどろいた顔をして、シロネコを見上げた。 人々が見守るなか、英代は意を決するといった。 「すいません! 遅れました!!」 後日、英代は、ネコミミ族の横暴から「民族の自決を守った」として、天皇陛下より勲一等を賜ることになる。が、それはまた別の話だ。 |